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11月5日(月) 生命の力
本当にたくさんの方から暖かい心のこもったメッセージをいただいてありがとうございました。ユキはそういった意味でもなんて幸せな猫なのでしょう。私だけでなく、遠く離れた皆さんからもたくさんの愛のパワーをもらっています。
そのせいもあるのでしょうか。先日の日記を書いてから翌日、、ユキに朝ご飯を持っていくとご飯を食べ始めました。
食欲が戻ってきたのです。その時の模様です。
大好物のマグロの粗を茹でたものを持っていくと、器に手を入れて食べました。たくさんは食べなかったのですが、それでも数日一切食事を受け付けていなかったことを考えると奇跡が起こったようです。痙攣も起こさなくなり、同時に少し瞳に輝きが出て、、ご飯も全く吐かなくなりました。このご飯の中には、お薬が混じっています。画像では小さくてわかり辛いですが、小さな小さな黒い粒。これは墨で、人間の腎不全の治療にも使われていて、
血液中の老廃物や毒素を吸収する働きがあります。
そしてこの写真のお水の中には、ポカリスエットが入っています。
ユキが毎日受けている点滴は、薬でもなんでもなく、要は糖分を抜いたポカリスエットなんです。毒素が詰まった血液の濃度を低くするために点滴を受けています。

この日、先生にこのこと、ユキが少し回復したことを話しました。
先生はこう言いました。
検査の値ほどわからないものはありません。悪かったから
だめなのでもないし、よくなっていてもだめな時がある。
固体固体の生命力によるので、
その子その子で治療を変えていかなければいけないって言ってました。命だけは臨床の実験の値は参考にできないと。
先日の日記では私としたことがずいぶんマイナス思考に
なっていました。
やっぱり最後までわからないんだと痛感。ユキの命の力なんだと思った。
こればかりは私がどうしてもだめなんだ。たとえ、ずっとそばにいて声をかけたり、愛情を注ぐことはできても・・・
最終的には命はユキが決めることなんだと。。。
私がユキの体調だけ見て、決めることはある意味、私の飼い主のエゴであるのだと。
ユキは生きようとしているのに、一生懸命細くなった体と闘って。
私は今、ひとつの命に触れています。地球に存在する無数の命の中でほんの一滴のものなのかもしれないけれど、
なんとその存在は大きく、素晴らしいものなのか。
そして、その命の力の神秘に触れています。
こういう直面に出会わないと、健康で元気であるときは気づかない。息をしていることが、体が温かいということ。
当たり前すぎて気づかない。
なくしそうになって初めてその大きさに気づき、1日が無事に過ぎていくことの重さを知る。
私の明日だってわからないのだと。命あるものの明日に100%の保証はないのだと。だからこそ、この一瞬一瞬を刻むこの時がなんと貴重で大切なものなのかを知る。
1日が幸せで健康に過ぎていくことに感謝しなくてはいけないのだと。幸せな毎日の中で出てくる、愚痴や不満の心がなんと小さく、つまらなく愚かなものなのか。健康で息をし、体に温もりがあることがどんなに幸せなことなのか。
ユキとのこの闘病生活で、いろんなことが頭に過ぎる。
大切な両親、兄弟、そして愛する人。。この人たちだって同じなのだと。命は個々で、一緒に生きていくことはできても、
一緒にこの世を去っていくことはできない。
どちらかが取り残される。だから、一緒に生きているこの瞬間を大切に、思いやりをもってすごさなければならないんですね。
掲示板でHIDEさんから頂いた言葉にこんな言葉がありました。
"何かを愛するってことはこんなにも切ないんだなと"
愛することはある意味で怖い。その感情が大きくなればなるほど。。それをなくしてしまったとき、また裏切られたときの恐怖。
ユキには、動物は裏切ることはないから、私も恐れなく今まで
全身全霊で愛情を傾けてきた。
でも、怖がることはないんだと思う。
もっともっと愛してあげたい。

昨日はとても暖かい1日でした。たまには日光も必要だろうと
外に出てしまったユキに日向ぼっこさせる。
今までずっとうずくまっていたユキですが、少し元気になった証拠です。
秋の日が眩しい。

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