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12月11日(木)純粋な涙を流せた幸せ
ユキが天国へ召されてから、5日目。
ユキの姿は、小さな壷に入って、今は形を変えて私のそばにいます。
動物霊園でユキの亡骸とお別れするときと、骨となったユキを見たときでは私の心が変わっていきました。
お別れするときは辛くて、泣き叫んだのに、骨となったユキを見たとき、涙が出なかった。もう、悲しみを通り越した、何かが自分に生まれたようです。肉体があるときは、たとえそれに命がなくても、まだ未練があって、願わくば生き返って欲しいと思うのだけど、骨を見たとき、ユキのぬくもりとは永遠に決別しなくては
ならなかった、ある種あきらめの境地と、、そして、最後まで
本当に最後までしてあげたんだという、充足感が交差し、
複雑な心境で涙が出なかったのかもしれない。
お線香を上げたあと、ユキの骨を拾いました。
こんなに小さくなってしまって・・・。
そして、骨が一部、青くなっていました。これは薬の影響だということ。ずっと寝たきりのおばあさんがなくなったとき、やはり薬で骨が青かったのを覚えています。
それを見たとき、ユキはもうあれ以上、薬や点滴の治療も限界だったのだということを悟りました。
私としては、1日でも長くいたかった。でも、それはユキにとって
苦しい結果になったかもしれない。
ちょうどいい時期だったのかもしれないと、・・・。
そしてこの別れは、出会った瞬間から決められた、運命だったのだと。
ユキの骨の小さな小さなかけら。。。を口に入れました。
そしてゆっくり飲み込みました。
こんな行動は信じられないかもしれませんが、私にとって
ごく自然にできたことでした。
ユキと永遠に一体になった感覚、充足感が体を走りました。
あれから、すでに4日が過ぎ、ユキのいた場所を見ては、いないことに落胆し、涙し、名前を叫んでいます。
こんなにも失ったことが悲しいとは、想像をしていたものの
予想を遥かに超え、自分が自分でなくなってしまったようです。
何を見ても悲しみの色に見え、鏡を見ると驚くほど、悲しい顔をした自分を見つける。
なぜ、こんなに寂しいのか。とにかく寂しいのです。
喪失感・・・・にさいなまれています。
人同士だと、なかなかできない、純粋な愛情を8年も注ぎ続けてきたから。
私は天涯孤独でもなんでもなく、実世界には、愛してくれる人が
たくさんいるし、守るべき愛しい人もいる。
でも、、、、彼らでは満たしてくれないものを彼女に求めていたのかもしれません。
人と人同士は、条件つきで愛したり、心を傷つけあったりすることがある。親といえでも、時に傷つけあい、誤解を呼んだりする。
今まで、なにかが起きたとき、彼女が最後の砦になり、私を受け止めてくれていた。もちろん言葉ではなかったけれども、心の言葉で私をいつでも慰め、癒してくれていたのです。
そしてユキを撫でることで、心を落ち着けていました。
私の中で、ユキは全てのベースだったんだということがはっきりわかった。心の一番奥の、またその奥の、薄いシート。でも、その薄いシートがこんなに大きかったのだ。
今、そのベースがなくなって、根底からひっくり返されてしまったような感じで、足元がおぼつかない。
それほど、彼女は大きな存在だった。
撫でたい、もう一度触れたい、心は永遠だとわかっていても、
ユキは今幸せなんだと思っていても、生身の人間であるから、
ぬくもりを求めてしまう。でも・・・・・・どこを探しても見つからないことが、辛くて。。。辛くて。。
一緒にいたときは、気づかなかった。HPを運営する力も
今はなく、彼女がいたからできたんだと思う。
毎日涙に明け暮れている私だけれど、ふっと思うことがある。
今まで自分は、こんなに純粋な涙をこんなにたくさん流したことが
あっただろうか。悔しさや怒り、あるいは人間同士の複雑な感情から出る涙とはまるで違う、愛するもののために、流す本当の涙。そこに、私本来の、そして人間本来の純粋な涙を見つけた。
恋して、失ったほうが、恋しないでいるよりましだという
ある格言がある。
失ってしまったことは悲しいけれど、純粋な愛の涙を流せた自分は幸せなのではないかと思ったとき、救われたような気がした。
だから、もっともっと泣こうと思う。
体にできた傷も、膿を出し、自然に治癒していくように、
涙を流すことで、悲しみも自然に癒えていくのかもしれない。
愛することは失うことを考えると、とても怖いことだ。
だけど、これからも、愛することを恐れないでいようと思う。
それができることは・・愛さないでいるより、幸せだから。
そして何より、ユキがくれた愛の時があんなに幸せだったではないか。ユキありがとう。この奇跡の出会いをくれた神様ありがとう。
皆さんから、本当にたくさんの励ましの言葉をいただきました。
少しずつお返事を書かせていただいています。
このときに及んで、こんなに皆さんの一つ一つの言葉が私の心の生きる力を与えてくれたこと、一生忘れません。
ユキは、きっと、皆さんの言葉もきっとちゃんと感じ取っています。
私だけでなく、こんなに皆さんの愛情をもらえて、ユキはなんて
幸せなのでしょうか。
昨日、ずっとお世話になった獣医さんのところへ菓子おりを持って
挨拶に行った。ユキがなくなった日、先生がユキに花束をくれた。
本当に素晴らしい先生でした。
「私の力がいたらなくてごめんなさい・・」と言われた。
そして、私がなんで、もっと早くこの病気を発見してあげられなかったのだろう、、となんで2階に連れて行ったのだろう、と後悔を愚痴ったところ、「腎不全に関しては、たいていユキちゃんと同じくらいの感じで来ます。早期発見は、他のところが悪くて、たまたま血液検査をしたら発見したと言うことがほとんどなんですよ。あなたは頑張りましたよ。本当に。私が今まで見た中でも、あれほど、一生懸命にしてあげた人はいませんでしたよ。ユキちゃんは幸せです」
この言葉を聞いた時、後悔の念にさいなまれていた私の心は
ふっと軽くなっていきました。
皆さんからいただいたたくさんの心のメッセージ、ここで全部紹介したいのですが・・。画像とMIDIと2つのメッセージを紹介させていただきます。
画像を作ってくださった、lady-eさん、Aotetsuさんの画像はユキが元気だった頃の写真を使ってくれて、今は、天国で、苦しかった腎臓病の嘔吐も、痛い点滴も、歩けなくなった足もなく、こうして笑顔でいるんだなって思わせてくれました。本当にありがとう!

Lady-eさん

Aotetsuさん
ゆづさん 素敵なMIDIをありがとう。この曲はゆづさんが辛くて、もう立ち上がれない・・。と苦しんでいた時に救われた曲だそうです。私にプレゼントしてくれました。本当にこの曲を聞いていると
前に歩みだせそうです。MIDI名は SPACESHIP EARTH
そして、先日最愛なるお婆さんを亡くされた時さんの言葉。
----------そのお葬式でね、思ったんだけれど、
死ってやっぱり、素敵なことなんじゃないかなって思ったんだ。
生きていることもすばらしいし、死ぬこともとっても素敵。
改めてそう思った。------------時さんの言葉より
死ぬことを素敵と言えた時さん。私も、前向きに考えていけたら
いいな、そして、また考えなくてはいけないでしょう。
----------------なんでユキちゃんが瀕死の状態で立ち上がったと思う?
幸せだったということを伝えたかっただけ?
それだけじゃないでしょう?私はこんなに踏ん張って、
一生懸命立ち上がっているのよ。だから、私は先に行くけれど
これから、頑張って、頑張って生きて欲しいと・・・言っているんだよ---------- hosakaさんの言葉より
この画像と音楽、そして言葉が、私をとても救ってくれています
そして、言葉で送ってくれ他のたくさんの皆さん、ここで紹介できなくてごめんなさい。一つ一つ、噛み締めながら心に刻んでいます。本当に癒されています。ありがとうございます!
時間を見つけて紹介していきたいなと思っています。
そしてなんてユキは幸せなんでしょうか。こんなにたくさんの方の愛情も、もらったのですから!私は後悔はもう、しないでしょう。
世間では少年たちのナイフによる殺傷事件や、学校で飼育していているウサギを殺したりなどの記事が紙面をを賑わせ、大人も子供もゲーム機の中に住む仮想ペットを飼育して喜ぶ現代社会。
親子の絆が薄くなり、そして人と人との関係が希薄になりつつある現状の中で、人はペットや動物に癒しを求めているのかもしれません。私もその一人だったのかもしれません。
その一方、人と人との関係が希薄になったといっても、
こんなに私のサイトには、素晴らしい人たちが、愛に溢れている
人たちがいるのだということを伝えたいです。
そしてユキは去っても、私は孤独ではないんだと・・・
純粋な愛の涙を流せた私は幸せです。
命あるものは出会った瞬間から 別れは決められている
でも共に生きた日々が美しく、幸せであったのなら
これからも私は愛することをやめないでしょう
それは、失って悲しむことは、一度も愛さず幸せを感じたことがなかったより幸せだからです
優しいみなさんの愛を胸に、今は無理でも、少しずつ、
悲しみと苦しみを愛の力に変えて、乗り越えていこうと思います。
本当にありがとうございました。
そして、ユキ。
「生きる」ことの意味を、体をもって教えてくれてありがとう。
「生きる」こと「愛する」ことのあたたかさ、優しさ、素晴らしさ、そしていかに切なくて必死なのかということを教えてくれてありがとう。あなたが残したもの、私は決して忘れない。 |